九州小倉で別れさせ「爆走のタクシーな中で」
その日、オレたちは、出張のため、飛行機で北九州の小倉へ向かった。
依頼内容は「別れさせ屋」
依頼主と対象者は婚姻関係だが、どうやらほかの女に手を出しているそうだ。
工作を行う場合、対象者に接点を持つというのが一般的な手法なのだが、必ずしもそうではない。
例えば不貞の証拠を入手し、それをもとに法的手段を取るというのも言ってみれば別れさせにつながる。
この辺りは案件により手法は様々。置かれた状況、最終的な目的や予算などから方針を決める。
そして、依頼人と面談。
夕方からは、退勤後の対象者を追うため、勤務先で張り込みを続けていたのだった。
依頼人によれば、対象者の動きはまったく読めないという。
最寄の駅からは遠くないが、車を使わないとは限らない。
あらゆるケースに備え、万全な体制を待ち受ける。あ、出てきた! 対象者は、濃紺のスーツ姿。
コレといった特徴ないため、人混みに紛れたら難易度が増しそうだ…。
ん、大通りに出るぞ? あ、手を挙げた!
いかん、タクシーだ!車両を表に回すが、間に合わないかもしれない。
徒歩で追い掛けたオレたちも、すかさず後続のタクシーを捕まえる。
「すいません、あのタクシーを追ってください!」
それが、オレたちと五郎さんの出会いだった。
九州・小倉のタクシードライバー五郎さん。
見るからに年季の入ったベテランといった風貌で、小倉を知り尽くしてそうな雰囲気いっぱいの方だった。
「なして、あんタクシーば追うとばい?」
東京のドライバーとは違って、地方の運チャンは、聞きたがりの傾向が強い。
かといって、本当のことは言えない。守秘義務というやつだ。
「アイツがオレの嫁にちょっかい出してるんでね。嫁が、こっちに仕事で来ているときに出会ったらしいんですけど、ようやく、どこで働いてる誰かはわかったんで、自宅をつきとめたいんですよ」
「人妻ば口説きようとか…。許せんばい!」
ギュ~ン! 後頭部がシートに吸い付く。
急に加速した五郎さんは、目の前のタクシーをピッタリとマークするため、赤信号スレスレで交差点を突き抜ける。
対象者のタクシーも飛ばしているが、五郎さんも負けてはいない。
「あんタクシーば、まだまだ素人っちゃね。小倉の五郎ば、上手ったい!」
ギューン!今度は体が右のドアに押し付けられた。って、何で曲がっちゃうの?
対象者のタクシーは直進してんじゃん!
「あん道は信号が多いったい。左折しかでんちゃ、曲がったらこの道に出るったい。
真っ直ぐ行っても、こっちが頭を取れるんよ! 心配せんでよか!」
いや、五郎さん、レースじゃないんですけど(汗)。
キュキュキュ~!
「かぁ~、運よく青信号が続いたっちゃね。ばってん、後ろににつけたばい!」
いや、五郎さん、バレても困るんですけど(汗)。
キュキュキュ~! あれ~、何でまた違う道に入るの?
「絶対に空港ったい!先回りするばい!」
いや、五郎さん、空港じゃなかったらどうすんの?(大汗)。
しかし、対象者の車は、五郎さんの予言どおり、空港に入ってきた。
いち早く到着していたオレたちは、対象者が女と待ち受ける場面も、しっかりと映像に撮ることができた。
結果、五郎さんのおかげだった。
その後も、タクシーを使って行動した対象者。
オレたちは、五郎さんとともに尾行を続け、対象者の自宅割り出しにも成功したのだった。
「ありがとうございました。これでいつでも話し合いに行けますよ」
「なんもなんも。ばってん、許せんやっちゃね。話し合いに同席してもよかよ!」
いや、五郎さん、そこまでしていただかなくても…(汗)。
宿泊先のホテルまで送ってもらい別れを告げると、五郎さんは名刺を差し出してきた。
名刺からはみ出しそうなくらい大きな文字で五郎と書かれていた。
こんなに自己主張をしている名刺ははじめて見た…。
「飯を食いに行くなら、ここがオススメったい!」
ついでに、河豚料理屋まで教えてくれた。ありがとう、五郎さん!
「それじゃあ、BYE BYE ばい!」
駄洒落で締めた五郎さん。いつまでも記憶に残るタクシードライバーだった、
しかし、あの河豚、美味かったなぁ…。
また小倉に行ったときは、お世話になりますよ、五郎さん!