修行記|尾行の洗礼―電車編(上)

尾行の洗礼―電車編(上)

みなさん、コラムをご覧いただきありがとうございます。

今月から「修行記」は担当が変更になりました。

夏に入社した2人の大型新人(?)、久米と菅野が引き継ぎました。

どうぞ宜しくお願い致します。

前任の先輩たちに負けないよう、日々の調査で感じたこと・発見したことなどをみなさんに楽しくお伝えしていきたいと思います。

さて、初回となる今回は私、久米が書かせていただきます。

タイトルにもある通り、「尾行」についてのエピソードをご紹介します。

この仕事においては切っても切れない行動ですが、入社当初、早速その洗礼を受けたのです――

あれは入社して一週間ほど経った頃だったか、対象者の出勤時の尾行調査に同行する機会があった。

それまでは全て昼の時間帯や夕方以降の調査に参加していたが、初めて朝の調査に参加することになったのだ。

もちろん、自分はただ2人の先輩(H:男性、S:女性)の後についていく身であり、正式には人数にカウントされていない。

それでも、研修ではなく実際の現場に入ることには違いなく、いやでも緊張感が高まる。

対象者は30代女性。都内某所に勤務するOLだ。

先輩たちとともに、まずは対象者自宅付近に配置してスタート。
朝7時前からの立ち張りとなったが、眠いなどとは言ってられない。

出勤の早いサラリーマンやゴミ出しに出て来るおばちゃんたちに警戒されないよう、できる限り自然を装いつつ住宅街に溶け込む。

凝視し続けるわけにはいかなくとも、視界は常に対象者自宅のドアを捉えている。

7時半を回った頃――出てきた。

50mは離れていたが、髪型も服装のタイプも、事前に頭に叩き込んでおいた情報にマッチしている。

間違いない、対象者だ。

少し離れて立っている先輩に顔を向け、アイ・コンタクトを取り、追跡を始める。

対象者は、10分ほど歩いて地下鉄の最寄り駅に入る。よし、これも情報通りだ。

対象者のすぐ後ろに続く形で改札をくぐる。

それほど大きな駅ではないが、やはり朝のラッシュ時だけあって人は多い。
ビッタリ張りつくぐらいでないと失尾が怖い。

階段でホームへ降りると、対象者は一番手前の列に並んだ。

ホッ・・・。歩かれる距離が短いに越したことはない。

と一息ついた瞬間、横でH先輩が舌打ちするのが聞こえた。

「?」

意味するところが分からずに、表情だけで質問を投げかけてみる。

先輩はただ黙って、前方の床部分に人差し指を向けた。

「女性専用車両」

目に飛び込んできた文字は、その綺麗な彩りからは想像もつかないほどにオドロオドロしい恐怖を伴っていた。

乗れないっ・・・・・・!

さすがに女装ツールの持ち合わせはない。

そんなの持ち歩いてる探偵は現実にはいない(と思う)。

っていうか、持ってても間に合わないし。

あ、でも乗れるかな? やや童顔で背も低い私なら。

乗れるわけない。坊主に近いこの短髪では。

発車ベルが鳴り終わる前に、その車両から降りる破目になってしまうだろう。

あ、先輩ならイケるか? 先輩はパーマ気味の長髪だから。

待て待て。考えるポイントが間違ってるぞ・・・。ちょっと冷静にならないと。

などと混乱気味の私を尻目に、H先輩はいつの間にか隣の一般車両の列に並んでいる。

ちょ、待ってください・・・!

まるで女性恐怖症にでもかかったように、逃げるように自分も移動する。

S先輩は、当然ながら対象者と同じ列に並んで電車を待つ。

と、さっきの舌打ちはどこへやら、涼しい顔で携帯をいじっていたH先輩が私に向かって一言。

「Sに頼るなよ。自分で捕捉し続けろ」

――え゛っ?

女性専用車両の列には、対象者やS先輩の他にも通勤の女性がワンサカ。

この人数が乗り込んだら、隣の車両から対象者を見続けることなど不可能だ。

一体、この状況でどうやって失尾を防げばいいんだ・・・?

「間もなく2番線に――」

うがぁーっ、電車が来てしまう!

どうしよう?!!

(次回に続く)

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